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研究室の挑戦

油圧ポンプ内の不純物発生の原因を探る - 大学と企業がタッグを組み未知の現象を解明する -【南齋研究室】


非平衡界面化学研究室 担当:南齋 勉 教授

油圧ポンプ内の不純物発生の原因を探る
- 大学と企業がタッグを組み未知の現象を解明する -
簡単に地面を掘ったり、硬い岩を砕いたりするショベルカー。そこには、油に力を加えて動力に変える油圧の仕組みが使われている。
その油圧ポンプに入れる油を扱う石油元売り企業のENEOS(株)から一通のメールが南齋先生のもとに届いた。 「ポンプ内の油の中に不純物ができる理由を知りたい」という相談だった。
南齋先生は博士課程で物質の境界がどんな状態になっているのかを調べる「超音波で発生させた泡の界面(境目)」の研究をしていた。 ENEOS(株)が声をかけた理由は、界面で発生する物質と油の中にできる物質が似ていたからだった。


超音波が発生させる小さな泡のとても大きな力
南齋先生が率いる非平衡界面化学研究室では、超音波を研究テーマの一つとしている。そもそも音は、空気や水など音源と聞き手との間に存在するもの(媒質)を揺らして伝わる。その振動は、周囲の物質を押したり(プラス)、引いたり(マイナス)する圧力でもある。
音の一種である超音波を水中で発生させると、引いた圧力で髪の毛の太さぐらいの小さな泡ができる。振動に合わせて泡は徐々に大きくなるが、ある一定のサイズまで成長すると一瞬で潰れる性質を持っている。この時、泡の内側には強い圧力がかかり、温度は急上昇。宇宙にある恒星の表面温度に近い数千度に達するほどの高温になる。さらに、潰れる瞬間には、光を放出する。
南齋研究室では、さまざまな水溶液に超音波を当て、発生した泡が潰れる瞬間に放つ光や、高温によって分解した生成物と、水溶液と泡との境目(界面)の変化を研究していた。

圧力で発生した泡の熱が強力な炭素結合を破壊
今回、石油元売り企業であるENEOS(株)が問題としたのは、ショベルカーがアームを曲げ伸ばしする際に、油圧ポンプ内で泡が
発生して、腐食(サビ)を引き起こす「ギ酸」という不純物ができ、油も劣化することだ。
ENEOS(株)はこの問題の検証実験をするのに、巨大な専用機械と高圧試験機を使って、1回あたり丸一日の時間を要していた。毎回とてつもない時間と労力がかかる大変な作業だった。そのため、南齋研究室では卓上に小さな装置をつくり、油圧ポンプ内で起きている現象を再現することからスタートした。検証を繰り返して、不純物である「ギ酸」を発生させることに成功した。
油は、炭素を含んだ原子が鎖でつながれた化合物だ。しかも炭素同士のつながりは強い。この鎖が切れるときは、通常は真ん中部分で切断される。しかし、超音波を当てて泡を発生させると、端にある炭素の1つが切れ、水素分子3つと結合した「メチルラジカル」という物質になっていた。この化学反応は通常ではあり得ないことだ。「潰れる際に数千度の温度になる小さな泡が、強い炭素同士の結合を分断していた。つまり、油に圧力が加わったことで泡が発生して、反応性の高いメチルラジカルができた。それが酸化してギ酸になるという現象が起きていた」と南齋先生はこの問題のメカニズムを解明した。

産業界との連携を通した社会課題の解決へ。

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研究に着想を得た次の研究への新たな展開
もともと、南齋先生は「水の中」で超音波がつくる泡の界面を研究としていたが、「油の中」では試したことはなかった。報告事例が乏しく、物理化学的な考えから「油の中の泡は熱くならない」という先入観を持っていたからだ。しかし、ENEOS(株)からの相談を受けた際に、「揮発しにくい油の中で泡が発生した場合、水の中よりも高温になるかもしれない」と気づいたのだ。
今回の研究に着想を得た南齋先生は、これからは「さまざまな種類の油に超音波を当てるとどうなるのか」を研究テーマにしようと思案している。また、「次の研究のための良いきっかけをもらった」と、お互いに意見を出し合う共同研究のメリットを話してくれた。
油圧ポンプ内でギ酸が発生するメカニズムは解明された。企業はこれから、南齋研究室での分析に基づき、開発していく。圧力を加えても泡が発生しない、または化学反応が起こらない油という、今回の研究結果が活かされた新たな油が今後、開発されるかもしれない。

Company Voice

メカニズムを解明し、環境問題にも貢献したい
ENEOS株式会社 潤滑油カンパニー 潤滑油研究開発部
工業用潤滑油グループ プリンシパルリサーチャー
八木下 和宏 様


我々は商品開発の研究において、油圧重機の油圧作動油にギ酸が発生するという「現象」に悩まされていました。
そんな折に、超音波で発生させた泡の界面を研究されている南齋先生の論文が目に留まり、
協力を仰いだところから共同研究が始まりました。
小さな装置で「現象」を再現できる南齋先生の研究のおかげもあって、
数年間で現象のメカニズムは解明されつつあります。
次の段階としてはこの成果を商品化につなげること。
「劣化しにくい油」を作ることができれば、世界的な取り組みとなっている環境問題にも貢献できます。
そういう思いを抱いて、引き続き研究に臨んでいきたいと思います。

Student Voice

結果から原因を考えることで先を見通す力が養われた
増田 勇介さん
理工学部 物質生命科学科(静岡市立高等学校出身)
本学大学院進学


いろいろな種類の油を分析していると、どれも違う結果が出て、
毎回新しい発見があることに面白さを感じています。
反対に同じ手順で再現性が得られない時に頭を悩ますときもあります。
結果に対する原因を突き詰めるこの研究で、先を見て行動する力が身につきました。
また、企業の方々に対して研究成果を定期的に報告する機会もあります。
得られた結果から原因を探り、考えを論理的に発信することが、とても良い経験となっています。
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