空気でも水でもない、地球にしかない物質とは?
ある学者は言う。
「その答えは、永遠にわからないのではないか」。
ゴールの見えない道を前にしたとき、
人は為す術もなくうなだれるのか、果敢に挑むのか。
すくなくとも、ここに、諦めない人たちがいる。
それは、途方もなく神秘的なメカニズムを持つ、
火星にも土星にもほかの惑星のどこにも存在しない、
地球だけの「土」という物質の研究者たちだ。
土を成り立たせる要素があまりに複雑なゆえ放たれたのが、冒頭の一言。
私たちがいつも歩いている土の中には、どれほど果てしない世界が広がっているのか。
その扉を開けてみるとしよう――。
「その答えは、永遠にわからないのではないか」。
ゴールの見えない道を前にしたとき、
人は為す術もなくうなだれるのか、果敢に挑むのか。
すくなくとも、ここに、諦めない人たちがいる。
それは、途方もなく神秘的なメカニズムを持つ、
火星にも土星にもほかの惑星のどこにも存在しない、
地球だけの「土」という物質の研究者たちだ。
土を成り立たせる要素があまりに複雑なゆえ放たれたのが、冒頭の一言。
私たちがいつも歩いている土の中には、どれほど果てしない世界が広がっているのか。
その扉を開けてみるとしよう――。
人類をも救うワンダーな土の魔力
予測不能のすばらしき研究成果土を土たらしめているもの。それは“微生物”だ。
微生物と聞くとなんだか日常とは無縁に感じるが、彼らがいることで地球の土は形成され、彼らのお陰で作物を育てることができ、人類は日々その恩恵を受けている。驚異的なのは、たった1グラムの土の中にうごめく微生物の数は数千万とも数十億ともいわれ、その実態の99%以上は未知であるという事実。これまでにも多くの研究者がその謎に挑んできたが、まだまだ全容を解明するにはいたっていない。しかし、わからないからこそ進むのが学問の道。山は高い方が登りがいもある。たとえ今は、頂上が見えないとしても。
予測不能のすばらしき研究成果土を土たらしめているもの。それは“微生物”だ。
微生物と聞くとなんだか日常とは無縁に感じるが、彼らがいることで地球の土は形成され、彼らのお陰で作物を育てることができ、人類は日々その恩恵を受けている。驚異的なのは、たった1グラムの土の中にうごめく微生物の数は数千万とも数十億ともいわれ、その実態の99%以上は未知であるという事実。これまでにも多くの研究者がその謎に挑んできたが、まだまだ全容を解明するにはいたっていない。しかし、わからないからこそ進むのが学問の道。山は高い方が登りがいもある。たとえ今は、頂上が見えないとしても。
未知であるということは、無限大の可能性を秘めているということでもある。一見なんでもないその辺の土が、いつか人類を救うこともあるだろう。いや、実際にあった。
1950年代までアフリカ・中南米で年間数万人を失明させる猛威を振るっていた病「オンコセルカ症」。その治療に劇的な効果をもたらす元となった微生物「ストレプトマイセス・アベルメクチニウス」は、伊豆のゴルフ場近くで採取した土から発見された。
もう一度言おう。伊豆のその辺の土である。
1950年代までアフリカ・中南米で年間数万人を失明させる猛威を振るっていた病「オンコセルカ症」。その治療に劇的な効果をもたらす元となった微生物「ストレプトマイセス・アベルメクチニウス」は、伊豆のゴルフ場近くで採取した土から発見された。
もう一度言おう。伊豆のその辺の土である。
そこから抽出した化合物の分子構造の一部を変換して開発された治療薬「イベルメクチン」は、現在アフリカなどで無償供与され、年間3億人のペースで失明を未然に防いでいるといわれる。
もしもゴルフ場の近くで、探求心旺盛な研究者が土を持ち帰らなかったら、これまでにどれほどの人が光を失っていただろうか。
ご存知の方も多いかもしれないが、この研究は2015年にノーベル医学・生理学賞に輝いている。そう、かの大村智教授の研究だ。土はときに、ノーベル賞を生み出すことさえある。
What a wonderful world !!
製紙、diet、ウイスキー、発電……
世界の常識を覆す宝を掘り当てろ土の中の微生物を研究する齋藤明広准教授は言う。「私の専門である「応用微生物学」は、生物学でありながら幅広い分野に応用されていて、その研究成果は、食品、医療、環境、そして化粧品やアロマといった工業分野等々、何気ないふだんの暮らしのワンシーンともつながっています」。
微生物が私たちの生活にどれほど深く関わっているか、すこし例を挙げてみよう。
たとえば、4億年以上前から存在するとされ、植物が木化するのに重要な役割を果たす「リグニン」。これを木から取り除くことで、紙の原料となる紙パルプが長年に渡りつくられてきたが、近年ではダイエット効果が期待できると機能の研究が進んでいる。ちなみにウイスキーの甘い香りも、熟成する樽の中に潜むリグニンの影響だ。おもしろいのは、このリグニンの構造は不均一で複雑極まりなく、構造モデルを提唱することはできても、分子レベルで二度と同じ構造のものは誕生しないという不可解さ。付け加えると、土を形成する要素は、それをはるかに凌ぐ複雑な構造をしていると考えられている。
もしもゴルフ場の近くで、探求心旺盛な研究者が土を持ち帰らなかったら、これまでにどれほどの人が光を失っていただろうか。
ご存知の方も多いかもしれないが、この研究は2015年にノーベル医学・生理学賞に輝いている。そう、かの大村智教授の研究だ。土はときに、ノーベル賞を生み出すことさえある。
What a wonderful world !!
製紙、diet、ウイスキー、発電……
世界の常識を覆す宝を掘り当てろ土の中の微生物を研究する齋藤明広准教授は言う。「私の専門である「応用微生物学」は、生物学でありながら幅広い分野に応用されていて、その研究成果は、食品、医療、環境、そして化粧品やアロマといった工業分野等々、何気ないふだんの暮らしのワンシーンともつながっています」。
微生物が私たちの生活にどれほど深く関わっているか、すこし例を挙げてみよう。
たとえば、4億年以上前から存在するとされ、植物が木化するのに重要な役割を果たす「リグニン」。これを木から取り除くことで、紙の原料となる紙パルプが長年に渡りつくられてきたが、近年ではダイエット効果が期待できると機能の研究が進んでいる。ちなみにウイスキーの甘い香りも、熟成する樽の中に潜むリグニンの影響だ。おもしろいのは、このリグニンの構造は不均一で複雑極まりなく、構造モデルを提唱することはできても、分子レベルで二度と同じ構造のものは誕生しないという不可解さ。付け加えると、土を形成する要素は、それをはるかに凌ぐ複雑な構造をしていると考えられている。
田んぼから温室効果ガスのメタンが発生しているのは聞いたことがあるかもしれないが、田んぼから発電できるなんてエコロジーな話もあって、これはどちらも微生物の仕業である。その上、田んぼに鉄鋼物を入れると(実験では鉄くずを入れたらしい)メタンガスが減少して発電力が上がると唱えた説もあり、それもまた微生物の作用によるものだ。ほかにも微生物を活用した例は挙げればキリがない。
繰り返しになるが、治らなかった病気が治るなど、それまでの常識を覆すような人類の役に立つ能力が数多く発見されているにもかかわらず、土の中の微生物の実態はほとんど解明されていない。ひとさじのスプーンで土をすくえば、それは宝の山を掘り当てるトレジャーハンティングの始まりだ。いつでも、どこでも手に入る99%以上が未知の「土」という小宇宙は、地球上のありとあらゆる場所で、その謎を解明してくれる研究者を待っている。
繰り返しになるが、治らなかった病気が治るなど、それまでの常識を覆すような人類の役に立つ能力が数多く発見されているにもかかわらず、土の中の微生物の実態はほとんど解明されていない。ひとさじのスプーンで土をすくえば、それは宝の山を掘り当てるトレジャーハンティングの始まりだ。いつでも、どこでも手に入る99%以上が未知の「土」という小宇宙は、地球上のありとあらゆる場所で、その謎を解明してくれる研究者を待っている。
静岡理工科大学 齋藤 明広 教授
「微生物の能力を、人類と環境保全に役立てよう」をコンセプトに、同大学の応用微生物学研究室で教鞭を執る。「高校の化学では均一の反応系で考えることが多いですが、土の世界は不均一、混沌が前提です。土はおもしろいですよ。分からないことがまだまだたくさんある。偶然性のある発見もあって、興味が尽きません」
「微生物の能力を、人類と環境保全に役立てよう」をコンセプトに、同大学の応用微生物学研究室で教鞭を執る。「高校の化学では均一の反応系で考えることが多いですが、土の世界は不均一、混沌が前提です。土はおもしろいですよ。分からないことがまだまだたくさんある。偶然性のある発見もあって、興味が尽きません」